日記 028 アイディアお伽話

むかーしむかし、いやいまでもふつうにそうなんだけど、人の脳みそは思考をしていました。思考、というのはあたまの中に流れている大きな川の流れのようなものです。何か考えごとをしているとき、ひとはその考えでいっぱいになりますが、思考にはそれだけでなく、べつのものも流れます。ときに、むかーしむかし、どんぶらこどんぶらこと桃が流れてきました。思考世界のおじいさんとおばあさんは驚いて、いや早かった、つぎの瞬間には驚きは興奮と野心とでギラギラの目にかわっていた。ぎらついた目でおじいさんが言う、ばあさん、見てくるよ、と、ばあさん、無言。いつだってこの感情になるのだった。何も言えない、という諦め。それはさておき、じいさんは桃に駆け寄ると、いそいそと桃を抱えた。軽い、と思った。軽い、よりも重い、つまり重量があるほうが良いだろう、金1グラムより金1キログラムのほうがいいだろう、といった単純かつ合理的な思考が先走っていたからか、じいさんは少しショックを受けて、考えを整えはじめた。いやまて、軽いほうが良いことだってあるじゃんな?軽いデータ、圧縮されたご褒美、幸福との引換券、一番くじ、全部軽いしな、よしこれは大物だ!と自信を取り戻して、自分が何か為したわけでも、生み出したわけでもないのに、すこし偉そうになった。一方のばあさんは冷静だった。次はどうなるのか、自分の利益はどれくらいか、そもそも何か得られるだろうか、皮算用していた。そう、数字をひたすら考えていた。文字を考えると悲しくなってやりきれないんじゃ、と。じいさんが帰宅。二人は会話をする暇もなく、桃に見とれていた。なんてきれいなんだ、おいしそうなんだ、まるでエデンのリンゴだ、なんて思いながら、じいさんは、ぽつり、「こいつ軽いんだ」とだけ言った。ばあさんは全てを察した。こいつには中身がある、中になにか入っている!さぞかし良いものに違いない!だけど、だけど、私にはきっと触れることのできないものだ、どうせ、じいさんのものになるのだ、考えるな、もう期待するな、自分なんかどうせ、そうだ、どうせ、と、じいさんは思い切り桃を斧でカチ割った。するとどうでしょう、中からヘンテコな光がピカーッと発せられたかと思うと、その光はだんだんと弱まり、煙がわいてきました。煙はだんだんと人の形をかたどっていき、やがて、少年へと姿を変えました。嫌味そうな顔だ。とじいさんは思った。ばあさんは老眼でなんなのかよくわかっていなかった。少年は言いました、「おばあさん、来てください。」ばあさんは人なのか?とよくわからないまま近づいた。ばあさんはハッとした。ばあさんが、いままで出会ってきたすべての人間を足して分母でわったような、つまり、すべての顔をしている、この少年は。だが嫌味っぽいな~こいつ性格悪そうだな、と思った。少年はにやりとしながらばあさんに話しかける。「ばあさん、ぼくの名前はアイディア。かわいそうなばあさんに一つだけ知識を授けよう。さあ何が知りたい?」ばあさんは何か嫌な感じがして、「何もいらない。」と震える声で言った。瞬間、アイディアは少しめんどうくさそうな顔をして、おじいさんのほうに振りむくと、目からビーム的な感じでじいさんを丸焦げにしてしまった。「さあ、これで自由だ、何を知りたい?」ばあさんは、その時初めてじいさんを愛していたことを知った。じいさんとの生活で辛いことや自分を抑えることを耐えてきたが、そんなことより愛していたんだと、そう思った。するとこのアイディアというのが憎く思えて、こう答えた。「おまえを消す方法を教えてくれ」「わかった、いまから教えるね、でも教えてから5秒したら忘れちゃうんだ」とアイディアはほくそ笑んだ。まるでここがクライマックスだとばかりに悦に浸っていた。ばあさんは耳をアイディアに貸した。アイディアがこしょこしょ話で、だいたい30秒くらいかな、そんくらい話した。それが終わったらアイディアはまた発光を初めて、満足げな表情をしたかとおもうと、ピカーッと光に包まれて消えてしまった。ばあさんはその間5秒、すべてを知った、興奮もしたし絶望もしたし、喜んだし悲しんだ。すべてが解消されていくような感覚がある。すべてが変化していく感覚。前の自分との決別、ああ気持ちいい!、と、5秒がたった。するとばあさんは、アイディアのいう通り記憶をすべて失った、5秒間の体験をすべて忘れてしまった。ふと自分がかまどのまえにいた。火起こしをしているんだ、夕飯の準備だ、とハッと我に返って、隣を見ると、ちょうどじいさんが牧を持ってきた帰りだった。ばあさんは、ああ、帰ってきたと思った。アイディアはそれを空からのぞき見しながら、ケラケラ笑っていた。

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